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環境・エネルギー&気になる情報2

環境・エネルギー&気になる情報2

『プリウスPHV』の底力

 ヘンリー・フォードが「T型フォード」の量産を始めたのは1908年。以来、自動車は100年余にわたり、内燃機関の時代が続いてきた。そしていま、大きなパラダイムシフトが起きている。化石燃料から電気へ、内燃機関から電池へ、と。新しい時代につながる技術の1つが、トヨタ自動車が開発を進めているプラグインハイブリッド(PHV)である。

ドライバーにストレスを感じさせない
 トヨタは「プリウス」で、ハイブリッド車(HV)を社会に定着させた。車両をさらに電動化させたPHVでも、いまのところは世界の先陣を切っている。ただし、「プリウスPHV」の開発責任者である田中義和は言う。

 「環境車だからという言い訳を、私は絶対にしない。『環境に良いから、EV(電気自動車)走行できる距離は短い』、では量産する許可は下りません。車としての魅力を基本に、ユーザーの乗り心地や使い勝手を優先させて開発しています。現在のPHVも、来年初頭に一般発売する新型車も同じ考え方です」

 例えば、回生ブレーキによる充電についてである。アクセルペダルから足を離したアクセルオフの状態で回生力を高めるのは「技術的には容易」(田中)だそうだ。しかし回生力が強すぎると、電力をたくさん獲得できる半面、エンジンブレーキの効きが強くなる。すなわち、それまで乗っていたガソリンエンジン車にはない「違和感」を覚えるのだ。

 ユーザーの大半は、ガソリンエンジン車あるいはディーゼルエンジン車からの乗り換えとなる。免許を取り、初めて乗る車がPHVという人はほとんどいないだろう。メーンとなる乗り換えユーザーが、ガソリンエンジン車と変わらない感覚で運転できることにポイントを置いている。環境面でメリットとなる発電よりも、ユーザーの運転のしやすさをトヨタは重視しているといえよう。

 「ドライバーが運転でストレスを感じない範囲で、最大限にエネルギーを回生できるようにした」と田中。マシンに人が合わせるのではなく、人に合うようにマシンをトヨタは設計している。

 ちなみに、回生とは駆動に使っているモーターを発電機として働かせる機能を指す。モーターも発電機も、機構は同じためできる機能だ。アクセルと踏むと、電池から流れた電気の力でモーターは回転して、タイヤを回転させる。走行中にアクセルオフにすると、電池からモーターに電気は流れなくなり、タイヤの回転力がモーター内のローターを回転させて発電するのだ。電気は電池に充電される。自転車のライトを点つけるとき、タイヤに発電機を当てるとペダルが重くなる。これと同様に、回生により車は減速するのだ。

 現行のプリウスPHVでは、回生をより生かしたいときには、シフト操作で対応するようにしている。これはプリウスPHVに限らず、EVである三菱自動車工業「i-MiEV」、同じく日産自動車「リーフ」も一緒だ。ただし、回生をどれだけできるか、といった設定は各社の考え方により、微妙に異なる。

操作に対するレスポンスの良さ
 さて、筆者は「プリウスPHV」に、試乗してみた。愛知県豊田市のトヨタ本社から国道248号線に入り、住宅地や田畑を抜ける細い道、なだらかな丘陵地などを走行したり、さらにはコンビニに駐車したりと、乗り回してみた。


カーナビ画面にはCO2削減量を知らせる情報も
 隣には田中に乗車してもらい、運転のアドバイスを受ける。スタートボタンを押してアクセルを踏むと、静かに走り出す。エンジンはかからない。リーフやi-MiEVと同じ、トルクフルなEV走行である。ほぼフル充電されていたので、エコ運転を継続すれば23.4km(JC08モード)程度までならEV走行は可能で、高速道に入ればEVのまま最高時速100kmまで上げられる。

 赤信号で早めにブレーキを踏むと回生ブレーキがかかり、EVでの走行可能距離を延ばせる。アクセルオフしたり、下り坂を利用したりすれば、かなりの電気を稼ぐことができそうだ。こうしたデータはナビ画面に表示される。

 その一方で、たまたま交通の少ない交差点の赤信号で止まったため、逆に急発進をしてみた(田中に断ってである)。アクセルを、やや思い切って踏み込む。すると、1800ccのエンジンがかかり、力強く発進し急加速する。ドライバーの操作に対するレスポンスに優れている。潜在的な性能は公表されているデータよりも大きいのではないかと感じさせる。エコ運転に戻すとエンジンは止まり、EV走行となる。

 プリウスPHVはいわゆるCセグメントに属する。自動車の中心レンジに当たり、ユーザーは最も多様で、使われ方の幅は広い。レクサスSCのようなスポーツカーでもないし、近距離だけを主に走る軽自動車でもない。若者から高齢者まで、誰がドライバーであっても運転のしやすい車を標榜しているように思えた。

電池は三洋の「3成分系」
 田中は、「来年初頭に一般発売する新型車は、もっと良くなります」と話す。では、何がどう良くなるのか。「中身については、一切話せません」と田中。

 ただし、キーテクノロジーであるリチウムイオン電池が変わるとみられる。第2回で示したが、現行のプリウスPHVに搭載しているリチウムイオン電池は、正極材にニッケル酸リチウムを使用したタイプ(ニッケル系)。1セルの電流容量は5Ah(アンペアーアワー)で、平均電圧は3.6V。セルの形状は弁当箱にも似た金属缶の角型タイプだ。


 プリウスPHVに搭載のバッテリー。5Ahのセルが288個搭載されていると見られ、重量は電池パックも含めると150~160kgに。バッテリーをいかに軽量化するかは、開発の課題である。

 トヨタが公表しているプリウスPHVの駆動用電池の適格電圧は345.6Vで、容量は5.2kWh。これらの数字から、搭載されているセル数は288個(96直列の3並列)と推計できる。容量の小さい電池をたくさん積んでいる形であり、パックを含めたバッテリーボックス全体の重量はものすごく重く、150~160kgもある。「改善ポイントの1つ」(田中)である。車両重量は1490kgなので、1割はバッテリーが占める計算だ。EVの日産リーフの電池容量は約4.6倍の24kWhだが、総重量は170kgであまり変わらない。


 2012年初頭に一般発売の「プリウスPHV」に搭載される電池は、三洋電機製が有力。現在のニッケル系リチウムイオン電池ではなく、マンガンとコバルトおよびニッケルの3成分系リチウムイオン電池となりそう。セルの電流容量は20Ah前後に。写真はPHV向けの試作品 では、新型車に搭載されるリチウムイオン電池は、どういうタイプになるのか。現在のニッケル系ではなく、マンガン、ニッケル、コバルトの3成分系になる見通しである。セルの電流容量も現在の5Ahから、20~25Ahへと大型化する。

 何より、供給メーカーはトヨタとパナソニックの合弁であるプライムアースEVエナジーではなく、2011年4月1日にパナソニックの完全子会社となった三洋電機となる見込みだ。三洋は2010年11月までに、3成分系で20~25AhのPHV向けリチウムイオン電池の開発を完了していた。また、同時期には兵庫県加西市の加西事業所内に新工場も建設した。今年後半からPHV向け電池の量産を始める計画を打ち出している。トヨタ向けとは言ってはいない。しかし、トヨタ以外にPHVの量産計画を明らかにした自動車会社はない。

 三洋の本間充副社長は2010年11月の段階で、PHV向けリチウムイオン電池について、「基本は3成分系だが、新たな成分を加えている。その素性については言えないが、低温特性とサイクル特性を向上させた」と話している。

 マイナス30℃などの低温でのパフォーマンスに優れ、充放電を何回繰り返しても劣化が少ない。さらに、現在のプリウスPHVに搭載しているニッケル系やリーフやi-MiEVに搭載のマンガン系と比較して、出力・回生でも優位なのは3成分系の特徴である。

 ただし、マンガン系やニッケル系よりも、材料原価は高いはず。年間5万台という規模で量産する電動車両に3成分系が採用されるのは、もちろん初めて。量産効果を狙う一方、大きなチャレンジとなる。

 3成分系の電圧はニッケル系と同等の3.6V。電流容量は4~5倍に大型化するため、現在の5.2kWhと同程度に容量を設定するなら、懸案である電池の軽量化や容積削減が図れそうだ。

 「少ない電池で、長い距離をいかに走るか。これがポイントなのです」。田中は開発の方向性を示唆する。

 バッテリーが軽量ならば、車両のパフォーマンスは高まる。電費や燃費などの環境面でも、走行性能でも。そして何より、プリウスPHVは300万円程度という価格を実現させなければならない。

 来年初頭の発売なので工場での量産開始は、11月ぐらいからだろう。電池の量産は、さらに早い。セルの仕様、数量、その組み方など、おおむね決まっているはずだ。だが、新型車に搭載するセルの数は、明らかにしてはいない。もちろん、電池セルのタイプもである。

 その一方、電池は猛烈なスピードで技術進化を遂げている。「ニッケル水素電池を搭載したHVプリウスにしても、車両のモデルチェンジと関係なしに電池の進化に応じて新型に入れ替えてきました。PHVでも同じことは起こるでしょう」と田中は話す。

 ちなみに日産はNECと共同開発したマンガン系のラミネート型電池を、ライバルの自動車会社にも外販していく計画でいる。「リーフの販売以上に、電池を売っていく」(日産首脳)方針なのだ。日産はルノーとともに、ラミネート型の世界標準を狙っている。資本提携する独ダイムラー、さらに軽自動車開発で提携した三菱自工をも、いずれ巻き込んでいくはず。これに対してトヨタは、あくまでも車両開発を追求している。

ITを利用して、便利さをさらに追求
 ここにきて追求しているのは、新しい使い勝手の良さをいかに盛り込むかだ。米マイクロソフトや米セールスフォース・ドットコムといったIT企業と相次ぎ提携した。インターネットを利用して、新しい情報提供などを始める。

 セールスフォースとともに取り組むのは、ユーザーとクルマ、販売店、メーカーを結ぶソーシャルネットワークサービス「トヨタフレンド」だ。カーライフを便利にする情報を提供する。例えば、ユーザーが充電を忘れると、充電を促すためにクルマがネットワーク上に“つぶやく”。あるいは、定期点検が近くなるとクルマが知らせ、簡単に定期点検の予約ができるといった使い方ができる。

 東京電力福島第1原発の事故により、我が国ではエネルギーの一段の高効率利用が求められるようになった。慢性的な電力不足と向き合いながらの生活は、これからも強いられる。原子力発電の代わりに化石燃料や自然エネルギーといった原価の高い電源を使っていかざるを得ない。

 それだけに、自動車の電動化においては、深夜電力を高効率に利用するなど一層の工夫は求められる。充電忘れにアラームを鳴らすようなサービスなどは、電力の高効率利用のための有効なツールになるだろう。

 100年強、スタンドアローンだった自動車は、電動化により社会の構成要素の1つに組み込まれてもいく。例えば愛知県豊田市が実施している社会実証などがその象徴だ。PHVと太陽光発電システムを一体的に普及させるために、太陽光発電を利用した充電施設を市内11カ所に21基整備。市民にもPHVを貸し出している。

果たして新型プリウスPHVは売れるのか
 来年初頭に一般発売する新型プリウスPHVは、トヨタの環境面での戦略車種である。世界で年間5万台の販売を目指し、価格は300万円程度を予定している。

 果たして売れるのか。参考に5月13日に発売した「プリウスα」の例を挙げると、月間3000台の販売計画に対し5月22日時点で約3万8000台もの受注がある。このうち、同車種の中でリチウムイオン電池を搭載した3列シート(価格は300万円から)には、同約1万1000台の受注があった。

 新型車には、プリウスα3列シートのリチウムイオン電池よりも、軽量で高容量な新型電池が搭載される見通しである。このため、車両重量そのものも軽くなり、EV走行できる距離が伸びる。さらには車としてもキビキビとした走りを実現するだろう。プリウスαよりも燃費性能は高く、PHVなので補助金の恩典も期待できるため、ある程度の販売は見込めそうだ。

 今後はガソリン価格が上がり、電力不足を余儀なくされるだけに、環境性能の高い車両へのニーズは高まる。同じCセグメントのリーフはEVなので、走行に化石燃料を一切必要としない。ただし、例えば帰省などの長距離の運転には対応しにくい。この点、プリウスPHVは長距離にも容易に対応でき、急速充電などのインフラも不要だ。ただ、EVと同じでプラグインできるのは戸建て住宅などに限られる。今後、マンションの駐車場などへの電源設置が急がれるだろう。基本インフラの整備と、充電の習慣づけは、これからの課題である。

 新型車が(1)電池切れの心配がないEVなのか、(2)EV走行が十分にできるHVなのか、打ち出し方もポイントとなる。2012年の発売時点での電力状況、原油価格などによるだろうが、基本は(1)だ。深夜電力の利用による価格面と供給面のメリットを訴え、ユーザーの電気自動車への心配を取り除く必要もあろう。

 一方、国内の「ものづくり」という点でも、トヨタにとって新型車の位置づけは重要だ。2011年3月期決算では、営業利益率でトヨタはホンダや日産に大きく水をあけられた。トヨタの国内生産へのこだわりが原因だ。円高下で、国内生産を維持していくためには、生産の主軸となる付加価値が高い次世代環境車両は不可欠だ。新型プリウスPHVを、どうしてもトヨタは売らなければならない。

 「もっと良い車をつくっていく。トヨタはもともとベンチャー企業だった。その精神を、セールスフォースから学びたい」(豊田章男社長)。プリウスPHVがどんな役割を社会で果たしていくのか。震災後の新しい日本の社会に対して、先陣で開発したトヨタの環境技術がどう貢献できるのか。田中は、改めて話す。

 「過去に例がないことをやるということは、技術者にとって意義深いのです」

《日経BP NET》


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